島のどこがいいって、全てですね

=神奈川県横浜市から移住したAさんの声=

 十組目の移住者Aさん夫婦は神奈川県横浜市から今年の一月に移り住みました。

 「島のどこがいいのかってよく聞かれるんですが、全部ですね。なにしろ国立公園のなかに住んでいるわけですから」とAさんは開口一番、手放しで絶賛しています。

 偶然見たTV番組でこの計画を知ったAさんですが、実は以前から定年後は“島で暮らしたい”と、各地の資料を集め下見をしていた為、家族からの反対などもまったく無かったといいます。

 「どうせ第二の人生ですから思い切って離れてみようと、瀬戸内や長崎の離島、屋久島などあちこち行って見ました。受け入れ体制が他よりもはるかに充実していそうだったので、結局ここに決めました。」 覚悟していた冬の厳しさも、それ程ではなかったとか。

 今後、農地を六十坪ほど借りて、夫婦で野菜づくりをしようと考えているため、今は農家の方のところへ見習いに行っています。出来る出来ないよりも、実行に移せる環境が嬉しいと、相好を崩しています。

 Aさんいわく「都会の娯楽は卒業」してきた移住者の方々の、自然の中での静かな暮らしが軌道に乗り始めているようです。

漁師は年齢やキャリアじゃない、本人のやる気が一番

=まき網船団に乗り組むCさんとDさんの声=

 Cさん・Dさんは、ともに中年族だが、そのたくましさはそんじょそこらの若者が束になってかかっても、かないそうにない。漁師仲間と雑談しているところを見ても、経験数ヶ月かそこらの新人とは思えないほど、周りの雰囲気に溶け込んでいます。

 二人が対照的なのは、応募の動機です。Cさんは、世界を放浪していたのですが、そんな自由な生活も年齢を考えると潮時だと感じたといいます。

 「僕は組織の一員になるのが肌に合わず、一年働いて一年旅をするという生き方を続けてきたのですが、そろそろ一カ所に腰を落ち着けようと・・・・・。」

 漁師を選んだのは、一人ひとりが自分の責任のもとに働くという体質が、私自信の性格に合ったからです。もちろん、そう決めたからには隠岐に定住する気でいます。

 一方、個人営業のトラック野郎だったDさんの動機はドライです。

 「そりゃトラックでメシが食えなくなったからですよ。運送業は景気の影響を受けやすい商売でね。最近は本当に仕事が少なくなってしまった。その点、海を相手にする漁師なら、そんな激しい上がり下がりはないだろうと思ったんです。体力に自信があるから、少々きつい仕事でも自信はある」

 Dさんは、しばらくは単身赴任だが、いずれは隠岐に家を持ち、家族と一緒に永住したいと願っています。